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2017/12/11 18:24 |
「潜在酵素」は?
「潜在酵素」は?

日々勉強です。そうそう、ここで、一言「私見」ですが、今の医学では、国の将来が危ぶまれます。唯でさえ、増えてゆく現代病に対して、対処療法しかできないのですから。根本的には縦割りの業界(医学界)では本当に駄目になって行きますね。

昨日もNHKで観ましたがなにに付けてもアメリカには何年も後れをとっていますね。こういう面で。


僻みではありませんが、末期ガン患者としては、現代医学を否定はしませんが、若い医師たちに接して、痛切に感じました。この人達が将来の医学界を背負っていくのか、大丈夫???と。

病気を診て、病人を診てないからです。


僻んで、そして、勉強してみました。
そうすると、私にはもう遅きに資し、繰り返しになりますが、人間の肉体には5000種ともそれ以上とも言われている数の、酵素、つまり、「消化」と「代謝 」に係る蛋白質によって構成されているそうです。

それをあわせて、「潜在酵素」ともいわれ、女性は7年、男性は8年程で身体の組織が再生されるらしいのです。しかし、これは、研究によって、「潜在酵素」の量が加齢によって、どんどん減っていくことが証明され、酵素の量が減ると、「潜在酵素」の働きは弱まり、様々な代謝機能が低下してゆくというのです。

そして、そんなことは今の今まで、全く知らなかったのですが、いや、知ろうともしませんでしたが、「潜在酵素」の中の「代謝酵素」は、再生されないのですって。



食べ物からも摂取出来る「消化酵素」


再生されてゆくのは、「消化酵素」の方で、これは食べ物からも摂取出来ます。
ですから、「消化酵素」を外部から摂らないと、体内の預金「潜在酵素」がどんどん減って行くのですね。

そして、預金(潜在酵素)が無くなった時が、「死」なのです。

そうです、預金が後幾ら残っているのか解かりませんが、せめて、無駄遣いはしないように心がけねばと気がついたのです。体の老化と共に再生される組織は減って行くのです。代謝酵素によってなされる組織の再生や、免疫力の増加も衰えていくのです。

それを少しでも、抑えるには、消化酵素を外部から摂取してゆくほかには手段はないようです。


そしてそして、行き着いたのが、この療法になったのです。えらい事を始めてしまいました。



点滴には週一回行っていますが、暮れに行った血液検査の腫瘍マーカーの数値が余りにも高くなっているのに、特に私の体調に変化がないのが先生にとっては不思議なことなのでしょう。そんな雰囲気でしたが。



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2013/02/27 16:55 | Comments(0) | 末期がん
末期ガンと闘った医師!
ゲルソン療法?


ある8月、散歩の途中に知り合ったご夫婦の奥様のほうが私と全く似たような病状で現在は通院しながら治療中との事でした。


そして、その事も忘れていたある日、買い物から帰ってくると、玄関ドアに一冊の本がかけてありました。この本はやはり、同じ経験をした、ある精神科医の闘病記とも言える本でした。私は、今までこの種の本は殆ど見ていません。というか拒否してきました。

後で、あの彼女が訪ねてくれたと知りました。






折角持ってきてくれたのだからと、開いてみました。 一気に最後まで、読んでしまいました。 

その精神科医が大腸がん摘出手術後1年で転移性肝腫瘍と診断されその時点で、既に「5年生存率0%」と言われてから現在まで12年も頑張れた経験談でした。

基本的にはドイツ系アメリカの医師ゲルソン博士のにんじんジュースを基本にした食事療法で、自らの体内にある種々の免疫力を高め、がん細胞の活動を抑えてゆくというものです。

所謂、代替療法であり、この療法は通常の療法からすれば異端ともいえる治療法で、胡散臭い治療法と受け止められていた可能性もあるものでしたが、そして、更に私にはもう既に遅い療法とも考えられますが、私なりに、この食餌療法に挑戦してみようかと思いました。というか私にはもう他に選択肢は残っていないのです。

更に、この本も読みました。途中で、涙が出て、仕方がありませんでした。もしガンと宣告されてしまった方、悩んでいる方、きっと感激されますよ。そんな本でした。別に、宣伝をしているわけではありませんが、関係ある方には、特に私は医師の先生方に読んでもらいたいと思っています。同業者の貴重な体験談ですよと。




これを読んで、私にはすでに遅い事は承知ですが、これにかけてみるしかないのかなと思い始めました。しかしまた、これには、私一人では無理だという問題もあります。家内の覚悟も強いなければなりません。

迷いましたが、思い切って自分の覚悟を話しました。彼女は付き合ってくれると言っています。

この期に及んでまだ苦労をさせるのは誠に不本意ですが、仕方がありません。感謝です。 


そして。昨年10月、厳密にゲルソン療法とは云えませんがにんじんジュースを主にした自分流の食事療法を始めました。

今のところその効果は不明ですが、あれから4カ月が経ちましたが、まだ元気です。これはずっと続けていかねばならないのです。

家内の手が荒れて痛々しいのですが。何もしてあげられません。ニンジンをていねいに洗っているのです。手袋を進めましたが、感覚が鈍るときかないのです。


これは、大変な事を始めてしまいました。





2013/02/24 18:16 | Comments(0) | 末期がん
抗癌剤
抗癌剤の治療




8月、外科の主治医の結論は抗癌剤の治療にとなりました。

主治医は、年齢的にも、副作用に耐えられないようでしたら、何もしない選択肢もありますよ。ですって。えー。ですよね。 

でもやってみるしか無いか?と、抗癌剤を始めました。一ヶ月も続けていくと、口が乾き、唾液が出ない、食欲が無くなり、痩せてきました。副作用です。


主治医に訴えました。薬を変えてみましょう。と。

でも、処方はしてもらいましたが、次男と家内と懇談。

これは止めようと結論づけしました。 いまさら遅いのですが、私は、所謂末期がんで、現代の医療ではこれ以上の治療は不可能なのだという現実を自覚しました。 

近くの診療所へ行って、終末医療をお願いし、今までのデータを県立病院の主治医に依頼してこの診療所のドクターに送ってもらい、今後はこの先生に主治医になって頂く事にしました。

新しい主治医は、先の主治医からの紹介状を見せてくれました。

それによると、「率直に言うと、6月時の検査データで診断した結果は、余命半年、長くて一年とあり、このデータで判断すればこの診断は否定できません。」と言われました。

「これは、データ上の判断で、勿論個人差はあり、現に、同様の病状で6年も元気で居られる方もおられます。」とのフォローもありましたが。



その時は、他人事のように聞いていましたので、「私の話が理解できますか?」と、念を押されたのを覚えています。その後、あらためて、えー?よくて一年?
えーっ?

でもこのDr.に託す事に決めました。現在、週に1~2回(任意ですが)点滴に通院しています。現状を把握して居て頂くために。

でも、座して、死を待っているわけにはいきません。で。





2013/02/23 18:34 | Comments(0) | 末期がん
肝臓ガン?
転移性肝腫瘍! 

11月、術後の検査。 CTなどの検査では他に転移しているかは不明なるも、血液検査の結果があまり芳しくない。 所謂、腫瘍マーカー(CEA)の値が下がらないというのです。暫く様子を見るとのことで、推移。


翌年1月肝臓に転移性腫瘍が発見されました。



え~?直腸ガンが見つかった時にはもう、肝臓にも腫瘍があったんでしょう?
どうして? どうして? って感じです。

それも3個一つは5センチもあるそうです。 

もっと早くに見つからなかったのかと不信になりました。 

更に、これをラジオ波で焼くというのです。 

然し、心臓の近くのは危険だから出来ないとのことで、二箇所を消化器内科に入院し、治療をすることになりました。

腹部に針を刺して先端に電気を流して焼くのです。大丈夫なの?これも、一度の入院で一箇所、一ヶ月後に次の箇所と、言われるままに。

これは、局所麻酔で、長引くと効かなくなるやつです。痛かったですよ。こんなものかと我慢はしましたが…。

然し、その効果は、期待通りには行きませんでした。 

転移性肝腫瘍は消えないのです。 数値も下がりません。結論としてはラジオ波による治療は成功しなかったのです。それで、どうするの?




2013/02/21 18:00 | Comments(0) | 末期がん
内視鏡検査
いよいよ検査です

大腸の内視鏡による検査です。お尻から内視鏡というのを挿入して腸の中を診るあれです。



私の場合は、左側を下に横向きに寝た状態でした。目の前にはモニターがありました。
「見てていいよ」と言われましたがそんな気にはとてもなれませんでした。
怖いもの見たさにちらっとはみましたが、正視できる状態ではありません。なにしろ、自分の腸の中に異物が動いているんですから。

すっと、楽になったと思ったら、「もう一度やりますから我慢してください」と。
薄目を開けてみたら、若い方の医師?がやっているではありませんか。「えー??」「試験台かよ?」

 

結果は、直ぐに出て、簡単に大腸(直腸)ガンと宣告されました。他人事みたいに簡単に、「そうなのか?」 

付き添っていてくれていた、次男のほうが、深刻に受け止め、かなりのショックだったようです。 これは、四月頃のことでした。 結局は手術して取る事になり、CT、とかMRI、とか、色々と検査があって、外科の予約が8月に入院手術となりましいた。 えー。そんな先まで待つわけー?でしたが、緊急を要する患者がいっぱいでとのことでした。お任せするしかありませんよね。

約二ヶ月、不安を抱きながら、何もしないで持つというのも応えますね。

で、8月、人工肛門になる可能性の恐怖に慄きながら(手術時間が4時間になったら人工肛門)と言われていましたがなんとか、3時間あまりの全身麻酔による手術が終わり、無事に生還?しました。(肛門に近いところに腫瘍があるのでもしかすると人工肛門になる可能性があると言われていました。) 

摘出したのを私は見ていませんが、腫瘍はかなり大きな物(5センチ位)だったようです。

私の気分としては、これで終わりにしてもらいたいですよね。ところが。

酵素の話になかなか行きませんで、すみません。もう少し、我慢して居てください。




2013/02/20 17:52 | Comments(0) | 末期がん

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